奨学金問題から見えてきた新しい貧困運動の形――「被害者救済」運動を超えて

マスコミが取り上げる奨学金問題の「当事者」は、悲惨な状況や無謬性が過度に強調された「可哀そうな被害者」あるいは特殊化された「貧困者」がほとんどではないだろうか。そして、こうした報道に反発する形で、「自分も大変だけど毎月返済しているんだ」とばかりに、借り手の自己責任を訴えるバッシングも広がっている。本稿では、問題を特殊化せず、普遍的な問題として共感・連帯を生み出す奨学金運動・貧困運動の形を模索する。
青木耕太郎(総合サポートユニオン共同代表) 2023.02.14
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 「借りた金を返すのは当たり前」「返せないことを社会のせいにするな」「返せないのは自己責任」「私も奨学金を借りたが働いて返した」「私は頑張って働いて節約して返している」「手取り16万だったけど返した」「奨学金を借りてもきちんと返している人の方が多い」。

 これらは、日本学生支援機構(以下、JASSOという)が、奨学金返済をめぐって保証人から法的支払い義務のない金額を受け取ったとして「過払い金」の返還を命じた高裁判決についての報道等へのネット上のコメントの数々である。もちろんJASSOの違法性・不当性を問題にするコメントも数多くあるのだが、それと同じか上回る量の自己責任論・バッシングが溢れかえっている。

 特に印象的なのは、奨学金を返せず破産した人を自己責任だとバッシングしている当人も、奨学金返済の当事者であり、且つワーキングプアであることがうかがえるコメントが見られることだ。大変な仕事にも耐えて働いて返済しているワーキングプアが、働いて返すことを断念して破産した「貧困者」をバッシングしているのだ。ここではワーキングプアと「貧困者」が対立の構図に置かれている。

 こうした労働者と「貧困者」との間の分断・対立は、奨学金問題に限られたものではなく、貧困運動がしばしば直面してきた問題でもある。たとえば、2010年代の「貧困バッシング」を想い起こしてほしい。人気芸人の母親の生活保護受給や生保世帯の女子高校生の1000円ランチが執拗に叩かれたことは記憶に新しいだろう。この時は、劣悪な仕事にも耐えて「自助」で生活しているワーキングプアと、それを断念して「公助」に頼る生活保護受給者との対立構図がつくられ、貧困は自己責任だとされた。こうなると、貧困問題で「当事者」が声を上げることは困難になってしまう。だから、貧困運動はこの対立構図を乗り越え、労働者と「貧困者」との間に連帯と共感を生み出す必要がある[1]。

 話を奨学金問題に戻そう。もともと、JASSOの貸与奨学金制度は、大学等の高等教育を受ければ、月数万円の返済が十年・二十年にわたって可能な安定した仕事に就けることを担保に成立していた。返済できなくなるとすれば、突然病気になって働けなくなるなど特殊な事情によるものだとされてきた。だが、今日では、高等教育への進学率の高まりや奨学金受給割合の増大に伴い、奨学金受給者は一部の高学歴層(将来のエリート候補)ばかりではなくなっており、卒業後に非正規雇用やブラック企業で働く者が数多くいることは周知の事実である。いまや、奨学金返済を抱える当事者の少なくない部分がワーキングプアの状態にあるのだ。

 だが、今でも、マスコミが取り上げる奨学金問題の「当事者」は、病気で働くことができず生活に困窮しているのに返済を求められて自己破産したなど、悲惨な状況や無謬性を強調された「可哀そうな被害者」あるいは特殊化された「貧困者」がほとんどではないだろうか。そして、こうした報道に反発する形で、「自分も大変だけど毎月返済しているんだ」とばかりに、借り手の自己責任を訴えるバッシングも広がっている。

 もちろん、これまでにも、奨学金相談の「現場」に立つ一部の研究者や弁護士は、奨学金問題の本質がワーキングプア問題であることを指摘してきている[2]。破産までいかなくても、奨学金返済のために「結婚・出産・子育てができない」「ブラック企業を辞められない」といった問題に若者が直面していることは示されてきた。だが、マスコミがつくり上げる「可哀そうな貧困者」に代わる奨学金問題の「当事者像」、あるいは、奨学金運動の主体像については、明確に示されてこなかったように思われる。

 筆者の問題関心は、奨学金問題を特殊な「貧困者」の問題に矮小化したり、問題の「当事者」を悲惨で可哀そうな存在へと限定化したりする引力に抗して、いかにして運動の主体像を普遍的な存在として構想し、実際にそうした主体を立ち上げることができるのか、ということにある。本稿では、こうした問題意識から、昨年6月にPOSSEや総合サポートユニオンのメンバーが主体となって立ち上げた「奨学金帳消しプロジェクト」の運動をみていくことにする。その際、奨学金運動における「当事者」の位置づけ及び、「当事者」と支援者の関係性に着目して検討を深める。

 「奨学金帳消しプロジェクト」は、昨年7月から、奨学金返済中の若者の困難な状況や矛盾の感じ方を把握するため、Google formを用いたオンライン調査を実施し、昨年9月上旬までに2,697件の有効回答を集めた[3]。これまでにも、支援団体や弁護士が社会調査や個別事件の取り組みを通じて奨学金返済の問題を明らかにしてきているが、その多くは「返済困難で、自己破産に至った当事者」のケースを扱ったものであった。一方で、今回の調査は、自己破産にまでは至っていない「奨学金返還中」・「猶予中」の若者たちに対して奨学金返済が及ぼす影響を明らかにしている点に特徴がある。

 まず奨学金債務を理由とする自己破産や延滞の経験の有無を問う設問への回答をみていこう。奨学金債務のために「すでに自己破産している」と回答した割合は全体の1.2%(34人)にとどまったが、「自己破産を検討したことがある」と回答した人までを含めると全体の11.6%(312人)にのぼった。

図表1.自己破産を検討したことがあるか(N=2,697)

図表1.自己破産を検討したことがあるか(N=2,697)

 さらに、奨学金返済を「延滞したことがある」と回答した人の割合に至っては、全体の27.9%(753人)にまで及んだ。そのうち、延滞の理由(複数回答)として「収入が低い」を選択した人は、67.6%(509人)にのぼった。所得階層ごとの延滞経験者の割合をみると、300万円未満が36.7%(413人/1126人)、300万円以上600万円未満が24.9%(282人/1133人)、600万円以上が13.2%(58人/438人)となっている[4]。

図表2. 奨学金返済を延滞したことはあるか(N=2,697)

図表2. 奨学金返済を延滞したことはあるか(N=2,697)

図表3. 所得階層ごとの延滞経験者の割合(N=2,697)

図表3. 所得階層ごとの延滞経験者の割合(N=2,697)

 以上から、奨学金債務を抱える若者の多くが低所得を背景に返済に窮余していることが分かる。また、年収300万円未満のワーキングプア層では約1/3が延滞を経験していることに加え、年収300~600万円の所得のある中間層でも約1/4が延滞を経験していることが分かる。以下に、自由記述欄から具体的なケースをいくつか紹介しよう。

新卒で入社した会社の収入が低かった為、生活が厳しくなりダブルワークをしていた。貯金も一切できない。仕事が辛く辞めたいと思っても奨学金の返済があるから…となかなか辞める決心がつかなかった。(20代、失業中、年収0-100万円、借入額200万円台、猶予中)
卒業後は非正規雇用かつ職を何度も変えており、生活自体が苦しい時期が長いため奨学金の返済が非常に重くのし掛かっている。返金猶予制度・減額返還制度を何度も利用しており、滞納は免れているが全額返済までの道のりはかなり険しいと感じている。(30代、非正規雇用、年収100-200万円、借入額400万円台、返還中)
現在、奨学金の返済金額がまかなえないため、週7で働いており休みがありません。普段の平日の仕事に加えて、土日にバイトや業務委託、個人での仕事など何でもやっておりますが、身体の疲れがとれません。(30代、正社員、年収200-300万円、借入額500万台、減額返還中)
返済するのに何十年もかかるので、出産は人生の選択肢から消えた。結婚したら子どもが欲しくなるだろうから結婚もしない。(30代、正社員、年収300-400万円、借入額500万円台、返還中)
結婚して15年以上経つが、未だに支払いが続いていて家計に負担がかかっている。上の子供が高校生になり、自分の奨学金の支払いのせいで、行きたい学校に行かせてあげられるか不安。(40代、正社員、年収400-500万円、借入額400万円台、返還中)

 このように、ワーキングプア層にとって、奨学金返済が困難であるばかりでなく、辛うじて返済できていたとしても奨学金返済が労働問題を引き起こしたり悪化させたりする要因となっていることが分かる。そして、年収300万円以上の中間層にとっては、奨学金返済の負担が結婚・子育ての断念や、子どもの進学への負の影響という形で現れている。奨学金返済が中間層の家族形成をも阻害していることがうかがわれる[5]

 また、奨学金を返せず自己破産に至ったケース(調査では1.2%)は、上に紹介したワーキングプア層・中間層の困難と連続した問題として捉えられる。一つ事例を紹介しよう。

奨学金の返済に気を遣い精神面が悪化したのとブラック企業をなかなか辞めることが出来なくなった。ブラック企業でうつ病になって労働に制限がかかっている。(30代、無職、年収100-200万円、借入額900万円台、すでに自己破産した)

 働けない貧困者の特殊な問題として捉えられがちな自己破産のケースも、実はワーキングプア層・中間層の抱える問題と地続きであることが分かるだろう。

 調査の自由記述欄には、奨学金返済の困難や生活・人生への影響だけでなく、奨学金をめぐる理不尽な状況への不満・不服やJASSOへの怒りを訴える声も多数寄せられた。以下に、具体的に示しておこう。

奨学金を返済しなくても良い特例が少なすぎる。単なる猶予では、支援ではなく、まさに学生向け高利貸しに過ぎない。(40代、職業不明、年収200-300万円、借入額600万円台、返済中)
奨学金とはいうが、実際は借金である。社会のことをまだほとんど知らない高校生のときに、こんなに多額の借金を背負わせるのは、詐欺に近い。(30代、失業中、年収100-200万円、借入額不明、返済中)
奨学金を借りてまで大学に行ったのに、就職しても貰えるのは大学新卒程度。もうすぐ30代になるのに給料は大学新卒のままで暮らしが少しも楽にならない。何かしからの理由で大学にいくわけだが、その決断のせいで50歳を過ぎても延々苦しみ続けねばならないなんて、おかしいのではないか。(20代、正社員、年収400-500万円、借入額500万円台、返済中)

 ここで紹介したのは、膨大なコメントのごく一部である。書きぶりに差はあれ、現在の奨学金制度に不服や怒りを感じていることが読み取れるだろう。彼ら・彼女らは、「高利貸しに過ぎない」「詐欺に近い」「おかしいのではないか」と表現にみられるように、自分の置かれている状況を不当なものと捉え、JASSOや国に責任があると考えている。

 調査から見えてきた奨学金問題の「当事者像」は、特殊な存在としての働けない貧困者ではなく、ワーキングプア層と一部の中間層、さらにはそれと地続きの存在としての貧困者という一群の普遍的な存在であった。そして彼ら・彼女らは、自らの奨学金返済に伴う困難を社会の問題として捉えていた。

 ここからは、以上のことを前提に、奨学金運動の主体像及び運動戦略を構想していきたい。そこで、参考にしたいのが、アメリカでバイデン政権に教育ローンの借り手に対し、1人当たり1万ドルの債務を帳消しにする政策を実行させたDebt Collectiveという運動だ。

 Debt Collectiveは、2011年のOccupy Wall Street 運動にルーツを持つ。1%の大企業・富裕層は救済され膨大な債務から逃れられるのに、99%の人々は債務の重荷を課せられている不公正に着目し、教育ローンや家賃債務(rent debt)、保釈債務(bail debt)などの帳消しを求める運動団体だ[6]

 アメリカも日本と同様、学費の値上がりと大学進学率の上昇を背景に、教育ローンの債務者数と債務不履行者数は年々増え続けてきた(約4,500 万人が 約1.8 兆ドルの債務を抱え、毎年 100 万人以上が債務不履行に陥っていた)が、Debt Collectiveをはじめとする社会運動の力で債務の一部帳消しを実現したのだ。

 Debt Collectiveの運動の特徴は、団体トップページに掲載されている次のキャッチコピーによく表現されているので、以下に引用する[7]

①    Alone our debts are a burden. Together they make us powerful.独りなら、債務は私たちにとって重荷でしかありません。団結すれば、債務は私たちに力を与えます。
②    We are a debtors’ union fighting to cancel debts and defend millions of households. 私たちは債務者組合で、債務を帳消しにして何百万もの世帯を守るために闘っています。

 まず、①「団結すれば、債務は私たちに力を与え」るということの意味を掘り下げよう。Debt Collectiveのホームページは、「独りなら、債務は私たちにとって重荷でしかありませんが、団結すれば、債務は搾取的なシステムに対する力を私たちに与えます。古い諺にあるように、銀行に 10万ドルの借金があれば、銀行があなたを所有していますが、1億ドルの借金があれば、銀行の所有者はあなたです。団結すれば、私たちは銀行の所有者なのです」と説明している。その力は、②「債務者組合」に債務者を組織して学生債務ストライキ(集団的返済拒否運動)を行うことで現実となる。この運動のスローガンはCan’t Pay! Won’t Pay! (払えない!払わない!)だという。要するに、集団で一斉に債務を返さないことで、債権者に打撃を与える(そしてそれによってバイデン政権の政治的譲歩を引き出した)のだ。

 また、Debt Collectiveは、債務者の団結と組織化を阻む要因としての「恥の感情」の克服にも取り組んできている。具体的には、教育ローンを負った人たちが集まって経験を共有することで、自分たちの抱える問題が社会の問題であることを認識する場を設けたり、自分の債務額を書いたフリップボードを首にぶら下げて自分の経験を語る映像を発信したりする実践を積み重ねてきた。実際、こうした実践を通じて「恥の感情」を乗り越えてはじめて、学生債務ストライキなどの抗議運動が可能になったのだという[8]

 ここから、私たちが学ぶべきことは、債務ストライキの具体的な方法というよりはむしろ、私たちは「債務という力(power)を持つ存在」であるという考え方だ。日本では今のところ、債務者自身が自己責任論を内面化したり債務を抱えていることを「恥」だと感じたりしているため、債務者はバラバラに分断され社会的に孤立している。しかし、「恥の感情」を乗り越えて団結できれば、強大な債務の力を行使できるという意味においては、債務者は潜在的に強い力を持つ主体なのだ。

 以下では、これらのことを踏まえて、日本の債務者運動について振り返ってみていきたい。

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続きは、5227文字あります。
  • 「奨学金帳消しプロジェクト」の主体の特徴:「当事者」でありながら支援者でもある
  • 「可哀そうな当事者」の引力と「抑圧のオリンピック」の危険性
  • おわりに
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