コロナ禍の非正規差別との闘いから非正規春闘へ

インフレ情勢の下、今年1月、系統や地域を越えて個人加盟労組が結集し、非正規春闘を始めました。この非正規春闘の参加者の多くは、コロナ禍でユニオンに加入し会社と闘ってきた非正規雇用労働者たちです。そうだとすれば、非正規春闘の運動を理解するためには、その前段であるコロナ禍の非正規雇用労働者の労働運動について知っておく必要があります。そこで、本稿では、そうした実践について紹介していきます。
青木耕太郎(総合サポートユニオン共同代表) 2023.02.12
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コロナ禍の非正規差別との闘いから非正規春闘へ

インフレ下で始まった非正規春闘

 先般のインフレにより、生活の危機・不安を訴える声が多く上がっています。総合サポートユニオンにも「この冬まだ一度も暖房をつけていない」「買い物を週1回に減らした」「少ない貯蓄を切り崩している」といった訴えが寄せられています。このまま賃金(名目賃金)が上がらなければ、実質賃金は日に日に目減りし、労働者の生活水準はますます低下していくでしょう。

 そうしたなか、今年の春闘には、近年稀にみるほどの社会的な注目・期待が集まっていますが、既存の春闘の中心は正社員の賃上げであり、本来最も賃上げを必要とする非正規雇用労働者は春闘の「蚊帳の外」となっています。

 そこで、今年1月、地域や潮流を越えて幅広く個人加盟労組(ユニオン)が結集し、非正規春闘を始めました。現在のところ、16の労組が参加し、35社に春闘交渉を申入れています。

 これまでにも非正規雇用労働者の賃上げを求める試みがなかった訳ではないのですが、個人加盟労組(総合サポートユニオンも含めて)が、非正規雇用労働者を組織しても、雇用の不安定性ゆえに、春闘交渉にまで至ることは少なく、散発的なものにとどまっていました。

 では、今回、なぜ非正規春闘が可能となったのでしょうか。もちろん、インフレによる実質賃金の低下、生活水準の低下が背景にあることは間違いありません。しかし、労働者が立ち上がる理由をその窮乏化のみから説明することはできません。それは、この30年間、日本で貧困が進んでいるにもかかわらず、労働運動が停滞してきたことからも明らかです。労働者を取り巻く客観的な状況ばかりでなく、声を上げた労働者の主体性にも注目する必要があります。

 今回の非正規春闘に参加している労働者はどのような経緯で声を上げるに至ったのでしょうか。実は、その多くは、コロナ禍でユニオンに加入し会社と闘ってきた労働者たちなのです。コロナ禍で休業補償の不払いやコロナ感染対策の不備(職場の「3密」や職場クラスター)といった問題に遭い、ユニオンで問題を解決した非正規雇用労働者が、インフレ情勢のもとで、賃上げを求めて一斉に声を上げ始めたのです。また、そうした非正規雇用労働者を組織するユニオン間の連帯・共闘も、コロナショックという未曽有の危機下で共に非正規差別に闘うことを通じて培われてきたものでした。

 そうだとすれば、今回の非正規春闘の運動を理解するためには、その前段であるコロナ禍の非正規雇用労働者の労働運動の実践と意義について知っておく必要があります。そこで、コロナ禍で非正規雇用労働者が直面した労働問題とそれに対抗する労働運動実践について、2020年3月、2021年8月、2022年8月に執筆した3本の論稿を修正・加筆する形で、紹介します。

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はじめに

 2020年2月以降、総合サポートユニオンとNPO法人POSSEの相談窓口には、コロナ関連の労働相談が約4千件寄せられた。うち、約75%が非正規雇用労働者からの相談であった。

 非正規雇用労働者の相談のうち、約7割が広義のサービス業に従事しており、女性労働者からの相談が約7割を占めていた。相談内容は、休業補償の不払い(約70%)とコロナ感染対策の不備(約15%)が大半を占める。これらの問題の多くは、正社員には保障があるが非正規にはない、あるいは正社員はテレワークだが非正規は感染リスクの高い職場へ出勤指示など、露骨な非正規差別を孕んでいた。そして、こうした非正規差別に怒り、差別の撤廃・解消を求める非正規雇用労働者の労働運動が広がった。

 本稿では、以上の二つの問題類型について、非正規雇用労働者が直面した労働問題とそれに抗するユニオン運動の実践(主として、「生存のためのコロナ対策ネットワーク」の参加団体の実践を取り上げる)を時系列に沿って紹介する。

休業補償問題をめぐる経緯と闘い

当初、雇用への影響は観光業や学校等に集中

 2020年2月、コロナ感染症が流行し始めた当時は、雇用への影響はまだ限定的であり、その影響は特定業種の労働者に集中していた。その一つが私立学校の非常勤講師であった。政府が2月末にコロナ感染症対策として公立学校の一斉休校を決定すると、多くの私立学校でもそれに準ずる対応が採られた。公立学校では休校期間中も通常の賃金が支払われたが、私立学校では非常勤講師に対して休業補償不払いや6割のみの補償といった対応が相次いだ。

 非常勤講師は、通常時の収入も手取りで月に十数万円程度であり、休業補償の全額支払いが認められなければ、すぐに生活の破綻をきたす恐れがあった。そこで、私学教員ユニオン(総合サポートユニオン私学教員支部)に所属する私立学校の非常勤講師らが、文部科学省と日本私立中学高等学校連合会に対し、休業補償の全額支払いを求めて申入れし、文部科学省記者クラブで会見も行った。会見では、組合員のAさん(20代男性)が「学校休校で授業がなくなりましたが、休業補償に関する説明はありません。自分は貯金もなくて生活が厳しいので、休業補償を全額支払ってほしいです」と訴えた。

 同じ頃、観光業に勤める非正規雇用労働者からも休業補償に関する相談が急増した。旅行会社の添乗員やホテルの配膳人は、継続的な雇用関係があっても、契約の形式は日雇い等の短期契約が多いため、休業補償の支払い義務がないとされ、雇用主から支払いを拒まれていたのだ。これに対し、声を上げたのが、阪急トラベルサポートの派遣添乗員で、全国一般東京東部労組の組合員でもある女性であった。労働組合を通じて、同社に対し、形式上の雇用契約のない期間(ツアーのない期間)についても、休業補償を支払うよう求めたのだ。その後、マスコミを通じて派遣添乗員の窮状を訴えるなどしたところ、昨年5月の団体交渉で同社は休業補償の支払いを約束したという。同時に、議員を通じて、厚生労働省に対し「ツアーのない期間」についても雇用調整助成金の支給対象とするよう働きかけた。すると、5月27日、厚生労働省は各労働局に対し、添乗及び旅館業等の事業主において、形式上の雇用契約のない期間についても雇用調整助成金の対象とするとの通達を出した。これにより、制度上、登録型派遣添乗員らについても助成金を活用して休業補償を支払う道が開けた。

緊急事態宣言の発令以降、休業補償を求める闘いが広がる

 2020年4月8日、緊急事態宣言が発令されると、状況は一変した。相談が殺到し、通常時の10倍を超える相談が寄せられた。

 緊急事態宣言の発令直後は、緊急事態宣言による休業の場合は、「不可抗力による休業」に当たり休業補償を支払う義務はないとの誤解が広がったことや、雇用調整助成金制度の周知や要件緩和が不十分であったことなどから、休業補償を支払わない会社が続出した。

 なかでも、注目を集めたのがコナミスポーツクラブの事例だ。同社は、昨春の緊急事態宣言下での休業の際、従業員の9割近くを占める数千名のアルバイトインストラクターに対し、休業補償を一切支払わないと通告していた。アルバイトといっても家計の主たる担い手としてフルタイムで働く人も多く、約2ヶ月の間、収入が途絶えることは生活の困窮に直結する。そうした一人である同社のアルバイトのBさん(30代・女性)は、休業補償を求めるため、総合サポートユニオンに加入した。Bさんは3人の子どもを育てるシングルマザーであり、休業補償がなければ生活が成り立たないと途方に暮れていたという。

コナミスポーツクラブ本社前で休業補償を求める抗議行動の様子

コナミスポーツクラブ本社前で休業補償を求める抗議行動の様子

 そして、昨年5月、Bさんをはじめとする4人が総合サポートユニオンを通じて、コナミスポーツクラブに対し、雇用調整助成金を利用して休業補償を全額支払うよう申し入れた。だが、同社は「休業要請に従って休館したため、現状では休業補償は支払うことができない」などとして、ユニオンの要求を拒否した。同社のそうした姿勢をうけ、総合サポートユニオンに所属する4人のインストラクターは、本社前で抗議行動を実施したうえ、厚生労働省で会見を開いた。すると、同社は対応を一変させて、休業補償を10割支払うと発表した。これにより、ようやく、同社の数千人のアルバイトに休業補償が支払われることになった。

学生バイト、派遣、外国人労働者も休業補償の要求へ

 この時期、学生バイトからも休業補償不払いの相談が相次いだ。学費や生活費を自分で稼ぐ学生が増えているため、コロナの影響でバイトのシフトを減らされると、生活に困窮してしまうのだ。そうした学生の一部は、休業補償を求めるため労働組合に加入するなどして声を上げ始めた。そのうちの一人、大学2年生のCさん(男性)の家庭は母子世帯であり、自らの学費・生活費のためにアルバイトをしてきた。大学の長期休みにまとまった金額を稼ぐ必要があり、2020年3月も単発のアルバイトを10日ほど入れて10万円程度稼ぐ予定だったが、コロナの影響で次々と仕事が無くなったという。勤務予定の会社からは休業補償に関する案内は一切なく、Cさんは「このままでは大学に通えなくなる」と焦り、ブラックバイトユニオン(総合サポートユニオンの学生アルバイトの支部)に相談した。4月末、Cさんは、ブラックバイトユニオンを通じて、勤務予定であった3社に対し、休業補償の全額払いを求めて団体交渉を申し入れた。申入れから程なくして、3社とも休業補償の支払いに応じ、うち2社は100%の支払いに合意したという。

 また、派遣会社も雇用調整助成金の利用に消極的で、休業補償を平均賃金の6割(労基法26条が定める最低限)しか支払わないケースが多くみられた。6月から8月にかけて、総合サポートユニオンは、4つの派遣会社に対し、休業補償の全額支払いを求めて、団体交渉や抗議行動を行った。いずれも、休業補償の全額支払いを会社に認めさせた。

派遣会社に対して休業補償の支払い等を要求する街宣行動の様子

派遣会社に対して休業補償の支払い等を要求する街宣行動の様子

 外国人労働者が休業補償不払いに抗議して声を上げているケースもあった。東ゼン労組シェーン支部の非正規雇用で働く英会話講師たちだ。シェーン英会話学校は緊急事態宣言中に休業した際にも通常通り行使に賃金を支払った。だが、シェーンは、緊急事態宣言後に、「タダ働き」で残業するか、お金を返すよう講師たちに通告したのだ。これに怒った講師たちが東ゼン労組に次々に加入し、数十名規模のストライキを何度も実施した。これに触発された日本人のカウンセラーの一部も労組に加盟して共に声を上げた。そうしたところ、シェーンは、「タダ働き」またはお金の返還を求める不当な主張を取り下げた。これは東ゼン労組のストライキ闘争の成果といえる。ただ、その後、同社はストライキ闘争の中心人物を雇い止めするなど不当労働行為を繰り返しており、労使紛争は続いている。

 ここまで、一度目の緊急事態宣言発令から2020年夏頃までの間の休業補償をめぐる権利闘争をみてきたが、ここで紹介した事例に限らず、休業補償をめぐる闘いのほとんどは、休業補償の全額支払いという形で解決した。

休業補償を求める運動により実現した雇用調整助成金の要件緩和

 休業補償の10割補償を求める労働者の運動は、政府に対しては雇用調整助成金の要件緩和を要求していた。先に見た通り、登録型派遣添乗員等に関して形式上は雇用契約のない期間についても雇用調整助成金の支給を国に認めさせた。

 2020年4月末には、生存のためのコロナ対策ネットワークが「提言:生存する権利を保障するための31の緊急提案」を発表し、雇用調整助成金の上限額を引き上げ、全額助成を実施するよう求めた。こうした労働団体の要請や労働者の休業補償を求める闘いは、マスメディアによっても大きく報じられ、注目を集めた。

「生存のためのコロナ対策ネットワーク」で開催した記者会見の様子

「生存のためのコロナ対策ネットワーク」で開催した記者会見の様子

 すると、政府は、雇用調整助成金の助成率及び上限額の引き上げ、申請手続きの簡素化などを次々と決定した。こうして政府から勝ち取った雇用調整助成金の要件緩和が、先に述べた個別企業との労使交渉における休業補償の全額支払いの獲得の土台となった。

 このように、この時期、非正規雇用労働者の闘いは、急速に広がるとともに、着実に成果を上げていた。

休業支援金創設後も「補償」を受けられない非正規雇用労働者の闘い

 雇用調整助成金の要件緩和をしてもなお、雇用主が助成金利用をせずに労使紛争となるケースが多発するとともに、有効な対策をとれない政府への批判も強まったことから、政府は2020年7月、新たに休業支援金制度を創設した。

 休業支援金は、雇用調整助成金と違って、雇用主を介さずに個人が直接申請でき、個人に対して直接給付されるという点でより普遍的な生活保障の仕組みとなることが期待された。だが、その後の運用状況をみると、必ずしもそのように機能していないことがうかがわれる。使用者による休業証明が事実上の支給要件とされたことにより、休業支援金の申請ができないという相談が相次いだのだ。

 カフェデリス・タルト&カフェを運営する(株)フジオフードシステムは、正社員に対しては休業補償を全額支払う一方で、パート従業員にはシフト確定部分の微々たる休業補償しかしないという差別的対応をした。同社は大企業にあたるため、休業支援金制度の対象にもならなかった。そこで、同社のパート従業員の一部が飲食店ユニオンを通じて、同社に休業補償の支払いを要求しストライキを実施した。

 また、結婚式二次会運営業を営む(株)プラチナスタイルは「シフトが出ていない期間については休業支援金の対象にならない」として、休業支援金申請への協力を拒否していた。そこで、同社に勤める学生アルバイト5人が、首都圏青年ユニオンを通じて休業支援金申請への協力を求めた。だが、同社は、申請書の事業主記入欄への記入には同意したものの、事業主都合の休業に当たるとは認めず、申請書に事実と異なる記載をしたという。

 そこで、首都圏青年ユニオンは、政府に対しても、事業主が休業の事実を認めない場合であっても、労働局が支援金支給を独自に判断するよう申し入れた。すると、政府は、雇用主が休業を認めない場合でも、労働条件通知書やシフト表、給与明細などの客観的資料があれば支給決定するという新たな運用基準をつくった。この新基準により、この5人も救済され、休業支援金を受けられたという。

コロナ感染対策における非正規差別との闘い

コールセンターの“3密”の改善を求めたユニオンの実践

 コロナ禍で、非正規雇用労働者は感染対策においても差別的な扱いを受けており、高い感染リスクを負わされながら就労しているケースが後を絶たなかった。以下では、こうした感染対策にかかわる非正規差別の実態とその改善を求めるユニオン運動の実践を時系列に沿って見ていくことにしたい。

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