今年で2年目を迎えた非正規春闘
―2023春闘の成果と2024春闘での広がり―
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今年で2年目を迎えた非正規春闘―2023春闘の成果と2024春闘での広がり―
未曾有のインフレのなかで迎えた昨年3月の春闘集中回答日、「満額回答」「異例の早期妥結」「30年ぶり高水準」など景気の良い言葉が躍り、お祭り騒ぎだった。だが、蓋を開けてみれば、その後も実質賃金は低下の一途を辿った。今年1月の時点で実質賃金は22ヶ月連続マイナス。大企業正社員中心の春闘は日本社会のごく一部の話でしかないのだ。
春闘の波及効果もかつてのようには機能しない。賃金改定の決定に当たり「世間相場」を重視する企業の割合は大きく低下している(注1)。中小企業が大企業の後を追って、負けじと賃上げをするというダイナミズムは見られない。むしろ、大企業正社員の労働市場と中小零細で働く労働者や非正規労働者の労働市場の間には深い溝がある。前者には比較的恵まれた労働条件と社内労組があるが、後者は劣悪な労働条件で職場に労働組合もない。非正規労働者にいたっては、時間当たり賃金が正社員の六割程度、組合組織率も8.5%と労働者全体(16.5%)の約二分の一にとどまる。それゆえ、日本全体の賃上げを実現するためには、未組織労働者、とりわけ労働者人口の4割近くを占める非正規労働者の賃上げを求める運動の広がりが不可欠だ。
こうした問題意識から、本稿では、大企業正社員中心の春闘とは異なる、もう一つの春闘としての非正規春闘についてみていきたい。
非正規春闘とは
まず非正規春闘の概要を説明しておこう。この運動は、未曾有のインフレをうけて2023年1月に始動した。きっかけは、非正規雇用で働く組合員らの生活苦を訴える声だった。非正規労働者を多く組織する首都圏の4労組が「非正規春闘実行委員会」の呼びかけ団体となり、ナショナルセンターの系列を超えて、全国各地の個人加盟ユニオンが参加した(注2)。
非正規春闘は、非正規労働者を組織する各地の個人加盟ユニオンおよび労組(単産など)が共闘して非正規労働者の賃上げの実現を目指す運動だ。特徴としては、労働者個人からの相談にも応じ、春闘に「一人からでも参加できる」ようにしたことだ(注3)。職場に労働組合がなくても、労働者が個人としてユニオンに加入し、春闘に参加できるようになったことで、春闘を誰にでも「開かれた」運動へとアップグレードさせた。実際、個人の労働相談から始めた春闘交渉で賃上げを勝ち取った事例も複数ある。
また、非正規春闘は、幹部代行主義ではなく、当事者(非正規労働者)が前面に立って闘う春闘を志向している。既存の春闘は当事者の「顔の見えない」運動となりがちだが、非正規春闘では当事者の交渉参加はもちろん、記者会見などで積極的に当事者が生活苦や春闘への抱負を語ることで、「顔の見える」春闘を目指している。ストライキや社前行動についても積極的におこない、その様子を発信している。闘う人の姿は、人びとを勇気づける。一つの闘いが、次の闘いへと連鎖し伝播していく、そんな春闘でありたい。
2023非正規春闘の振り返り
次に、2023非正規春闘について振り返っておこう。2023年1月に「非正規春闘実行委員会」は発足し、札幌・仙台・新潟・名古屋・大阪など全国各地から16の個人加盟ユニオンが参加した。翌2月から、16のユニオンに加入する約300名が、勤務先の36社に対して、一律10%の賃上げを求めて一斉に春闘交渉を始めた。
こうした動きの背景には、コロナ禍の非正規労働運動があった。コロナ禍では多くの非正規労働者が労働問題に直面し、個人加盟ユニオンに駆け込んだ。相談内容は、休業補償の不払いや感染対策の不備、雇い止めが多かった。非正規労働者に対して同情的な世論や政策的な後押し(労働運動が要求して雇用調整助成金の拡充を実現したことなど)を背景に、各地のユニオンは労使交渉で非正規労働者の休業補償や感染対策を勝ち取り、職場環境の改善を実現した。これにより、多くの非正規労働者が職場にもユニオンにも定着するかたちとなり、継続的な労使関係が構築された。コロナ禍でのこうした組織化と労使関係の進展が非正規春闘の土台となった。また、コロナ禍でオンラインツール(Zoomなど)を活用して、非正規労働者を組織する個人加盟ユニオンの緩やかなネットワークが形成されていたことも非正規春闘の基礎となった。
2023非正規春闘では、2月15日に経団連前行動と春闘開始を宣言する会見を実施し、大企業正社員の春闘交渉がピークを迎える3月半ばにあわせて集中ストライキ行動も実施した。3月半ばの時点で、非正規春闘ではまだ1社も賃上げ回答を得られていなかったが、ストライキや社前行動、マスコミやSNSを通じた情報発信を背景に交渉を進め、最終的には、靴小売大手ABCマートでのパート従業員約5000名の6%賃上げや、総合小売大手ベイシアでのアルバイト従業員約9000名の5.44%賃上げを筆頭に、16社で非正規労働者の賃上げを実現した。
2023非正規春闘の開始時の記者会見の様子(2023/2/15)
2023非正規春闘の開始時の記者会見で話す非正規労働者(語学学校講師)
2023非正規春闘での賃上げ獲得の事例
こうして賃上げ回答を得たケースのなかから、いくつか具体的に紹介しよう。組合加入の経緯や春闘交渉の経過、妥結内容や組織化の進展についてみていく。
かつやとの非正規春闘
Aさん(50代、男性、アルバイト)は2011年から都内のかつやでアルバイトとして勤務してきた。Aさんの店舗ではコロナ禍でも営業を続けていたが、感染対策を怠った会社に対して、緊急事態宣言が終わるまで(2020年5月末まで)出勤しないボイコットをアルバイトたちがおこなった。その結果、会社がボイコットしたアルバイトを従前よりも少ないシフトしか入れなくなった。ボイコット後のシフト回復とボイコットの結果としてシフトを削られた分の休業補償を求めて、Aさんをはじめとする日本人アルバイト労働者3人が飲食店ユニオンへ加入した。なお、かつやには社内労組があり、ユニオンショップ協定でアルバイトも原則加入としていたが、活動実態はまるで見えなかったという。
団交および労働審判の結果、フルタイムまでのシフト回復を勝ち取った。だが、コロナ以前は、法定労働時間を遥かに越える長時間労働だったため、フルタイムまで回復しても依然としてコロナ前よりも収入が減ることから、そもそも時給が低すぎるのだから賃上げ要求をしようと、あらためて団交を始めた。ちょうどその頃に非正規春闘への参加を決めた。
2023年1月、Aさんは所属する飲食店ユニオンを通じて非正規春闘に参加して、かつやに対して10%賃上げを要求した。同年2月には、非正規春闘に参加する他労組の支援も受けるかたちで30名規模での社前行動を実施、さらに2023年3月にはストライキも決行した。その後、同僚の外国人労働者(ミャンマー人やネパール人)が10名近くユニオンに加入した。もともと、Aさんは、店長が外国人労働者に年休をフルで取らせないようにしていたことの改善要求をしたり、外国人労働者の生活相談に乗ったりもしており、同僚の外国人労働者からとても慕われていたことが背景にあった。
組合員が増えてきたことも大きかったのか、2023年夏、Aさんの店舗で時給100円(8.9%)の賃上げをおこなうとの回答を得た。
かつやの本社前でプラカードを掲揚
ABCマートとの非正規春闘
Bさん(40代、女性、パート)は、ABCマートの千葉県内の店舗で、時給1030円(基本給1000円+加算時給30円)で勤務していた。10年近く働いてきたが、最低賃金の改定を除いて時給が上がることはなかった。
2023年1月、加算時給の査定方法が変更となり、時給が20円引き下げられると通知を受けた。インフレなのにこれはおかしいと思って、総合サポートユニオンへ相談した。
2月半ば、総合サポートユニオンは、ABCマートに賃下げ撤回と10%賃上げを求めて団体交渉を申し入れた。その後、ストライキ通告や社前行動、記者会見を矢継ぎ早におこない、社会問題化させた結果、第一回の団体交渉(3月13日)で賃下げは撤回された。その一方で、賃上げ要求については拒否されたため、団交翌日の3月14日にストライキを決行した。
Bさんの同僚1名もユニオンに加わって迎えた第二回団体交渉(3月30日)では、会社側は「5%賃上げ」と回答した。だが、ABCマートの財務諸表から分かることは、10%の賃上げは余裕でできるだけの業績を上げているということだった。Bさんらは、再びストライキ予告をおこなって、三回目の団体交渉に臨んだ。交渉が決裂すれば、団交の翌日にストライキを決行する予定だった。三回目の交渉(4月20日)の席では、会社側は「6%賃上げ」まで譲歩し、労使で合意をするに至った。
ABCマートの店舗前での宣伝行動の様子
スシローとの非正規春闘
東京都内のスシローに勤めるCさん(20代、男性、大学生、アルバイト)は、準備時間や1分単位での支払いなどを求めるために、労働組合に相談。団体交渉開始後すぐに賃金の支払方法は1分単位に改善し、準備時間にも賃金が支払われることになった。2022年10月には、Cさんともう1人の組合員(大学生アルバイト)が主導して、回転寿司ユニオンの結成を発表する会見を開いた。
すると、この会見に反応して、仙台の60代の女性パート、徳島県の50代の女性パートの二人がユニオンに加入を決めた。彼女たちは自分たちが担っている仕事に対して賃金が見合わっていないと感じていた。そこで、同僚たちへの要求事項の聞き取りやリーフレットの配布など職場活動を展開し、職場の支持を集めた。
2023年1月には、非正規春闘の一環として10%賃上げ要求を掲げて社会問題化し、メディアやSNSで広く注目を集めた。同年3月には、東京・埼玉・仙台で同時ストライキを実施し、仙台と東京の店舗前では宣伝行動もおこなった。
すると、2023年7月以降、東京の店舗では時給が1200円から1400円へと大幅に引き上げられ、仙台や徳島の店舗でも時給が数十円単位で引き上げられた。
こうした組合の活動と実績は、組合員の職場で認知されてきている。仙台の店舗では職場の過半数の従業員から賃上げ署名を集めて会社へ提出したり、組合員が従業員代表選挙に立候補して会社側候補を破って従業員代表に選出されたりしている。さらに、東京の店舗では、2023春闘での賃上げ実現後に、バングラデシュ人留学生2名がユニオンに加入した。加入後は、団体交渉で髭を生やす権利を獲得したうえ、2024春闘ではストライキを決行し、社前行動でマイクも握っている。
スシロー東京オフィス前でスピーチするバングラデシュ人留学生アルバイトら
アマゾン倉庫の派遣会社との非正規春闘
Dさん(20代、男性、アルバイト)は、非正規春闘の報道を見て、2023年2月半ばに「非正規雇用労働者のための賃上げ相談ホットライン」に初めて電話をかけた。
Dさんは大学を卒業後、IT企業で半年間働いたのち、アマゾンの倉庫で派遣社員として働き始めた。倉庫での仕事は、主として棚入れの業務だったが、1時間に400個のペースで棚に荷物を詰めなければならないという過酷なノルマ設定をされていた。Dさんは、こうしたハードな仕事に対して、時給1150円、フルタイムで働いたとしても月18万円にしかならない賃金水準について不満を持っていた。
電話相談ののち、Zoomで打ち合わせをおこない、総合サポートユニオンに加入。すぐに団体交渉申入書と要求書を作成した。2月28日に派遣会社のX社へ団体交渉を申し入れるとともに、派遣先(倉庫請負)である日通とその元請であるアマゾンジャパン合同会社に対しても団体交渉を申し入れた。日通とアマゾンジャパンからは団体交渉を拒否されたものの、3月初旬に派遣会社のX社との団体交渉は開かれた。X社は財務状況も開示しながら、賃上げが難しい旨を回答した。たしかに芳しい財政状況とは言えず、十分な派遣料金を支払っていない日通やその元請のアマゾンジャパンの責任がより大きいことがうかがわれた。
団体交渉後、3月半ばの非正規春闘集中行動の期間に合わせて、Dさんは1週間のストライキを決行した。そのことはウェブニュースでも紹介された。
すると、4月上旬に、派遣会社のX社から約4.3%の賃上げ回答があった。日通との派遣料金の改定ができたためだと説明もあった。
Amazon倉庫の前で労働組合への加入を呼びかけ
非正規春闘の交渉力の源泉と要求の根拠
ここまで2023非正規春闘での賃上げ事例をみてきた。紙幅の関係から団体交渉の細部には立ち入れていないので、ここでは団体交渉における要求の根拠・論理と交渉力の源泉についてまとめておこう。
非正規春闘の交渉における要求の根拠・論理は、職場や労働者の実情に応じて多岐にわたるが、軸となるのは「生活給」要求と「仕事給」要求だ。まず、(1)「生活給」要求について。インフレに応じた賃上げはもちろん、生計費調査を活用しながらリビングウェイジを要求するものだ。次に、(2)「仕事給」要求について。仕事の内容・役割・価値・難易度に見合った賃金を支払うよう求めるものだ。非正規春闘実行委員会への労働相談の主訴としては「仕事給」の論理にもとづくものが最も多い。「仕事給」要求に関連して(3)「同一労働同一賃金」(パート有期法の均等・均衡待遇)を根拠とした賃上げ要求もおこなう。職場に比較可能な正社員がいればこの方法はとても効果的だ。(4)「地域相場」を意識した賃上げ要求を行うこともある。飲食や小売などのパート労働市場は、地域労働市場として形成されており、ある程度まで時給の「地域相場」が成立している。そこで、「人手不足」を背景に、地域の他の店舗の時給と同じかそれよりも高くしないと人が集まらないと説得することもある。
次に、「支払い能力」や「能力給」といった、労働組合としてはアンビバレントな側面もある要求をおこなうこともある。(5)「支払い能力」を持ち出すのは、上場大企業が軒並み過去最高益を上げる一方で、非正規労働者の賃金は低い水準に据え置きという不公正を問うためだ。労使交渉では、増収増益で株主配当や役員報酬も引き上げているのならば、非正規労働者だけ賃上げしない理由はないはずだと追及することになる。(6)「能力給」要求は、労働者の能力・スキル・経験などに見合う賃金を支払うよう求めるものだ。非正規労働者については人事評価・能力評価さえまともにしない企業も多いが、労働者としては自分たちの能力や習熟を適切に評価してほしいという要求がある。勤続年数が5年・10年にもなる職場リーダー的な存在のパート労働者が新人の大学生アルバイトとほぼ同じ時給では確かに不満が募るだろう。他方で、「能力給」には査定が伴うためどうしても労働者間に差を持ち込むことになる点には留意が必要である。
最後に、非正規春闘は、賃上げ以前の問題(要求)から始まることも多い。具体的には、(7)「不払い分」の支払い要求である。非正規職場では、そもそも賃金が全額支払われていないことも多いからだ。準備時間・着替え時間の不払いや15分単位での賃金切り捨てなどの是正を求める要求と賃上げ要求をセットにすることもある。
もちろん、こうした要求の論理や根拠をどんなに精緻に練り上げても、使用者側に十分なプレッシャーを与えられなければ、要求は通らない。要求を通すためには、交渉力を得なければならない。
そこで、非正規春闘実行委員会では、メディアやSNSを活用して、非正規労働者の賃上げの社会的な機運・情勢をつくることを強く意識している。サービス業などの会社は、消費者・世間の目を気にしていることを念頭に、交渉先の企業名を公表してプレッシャーをかけながら交渉している。インフレのなか、頑なに非正規労働者の賃上げに応じないというのは“企業イメージ”の低下につながるだろう。
こうして、少数の組合員であっても、交渉次第では大企業全体の賃上げを勝ち取れている。組合員が一人または数人であっても、労組の賃上げ要求への支持や共感が広がっていれば、経営側も無視できない。賃上げ要求に応じるか、拒否して従業員や世間の支持を失うかの二者択一だ。賃上げ要求に応じるとしても、組合員だけを賃上げすれば、組合加入者が増えるのは自明である。闘う労働組合の組合員を積極的に増やしたい経営者はいない。それゆえ、おのずと賃上げは全員に適用されることになる。こうして、たった一人や少数の組合員の闘いが、大企業全体の賃上げへと結実する。これは、ユニオンが残業代不払いについて争うケースでもよくみられることだ。たとえ声を上げた組合員が一人や少数であっても、会社が残業代を支払うと決断するときには(守秘義務をつけた和解にさえしなければ)、大抵、数千人・数万人の従業員全員に残業代が支払われる。ただし、非正規は地域労働市場のため、店舗ごとの賃上げ対応で済まして全社一斉の賃上げには応じないという企業もあり、こうした対応をどう打破するかは今後の課題である。
2024春闘をどうみるか
2024非正規春闘の話に移る前に、2024春闘全体の情勢についても簡単に触れておきたい。2024春闘は、2023春闘にも見られた傾向である「経営主導型春闘」がより顕著になっている。春闘交渉が始まる以前の12月~1月に、経営側先行で大企業が続々と賃上げを発表した。イオンに至っては、大晦日にパート従業員の7%賃上げを報道発表する気合の入りようだ(去年は2月1日に7%賃上げを発表していたが、今年は1ヶ月ほど前倒したかたちだ)。基本的には、「人手不足」基調のなかで、人材獲得を競う企業のアピール合戦といったところであろう。今年話題となった初任給の大幅引き上げのトレンドはその最たるものだ。
もちろん、率先して賃上げに動く企業があることは労働者にとって悪いことではない。むしろ、労働組合側の対応にこそ問題がある。大企業労組は経営側が先行して発表した賃上げ額と同額で次々と妥結してしまっている。なぜ、経営側が先行発表した数字より高い要求額を突きつけないのだろうか。春闘交渉を待たずして経営側がホイホイとそれなりの賃上げ額を発表できるのは、労使に緊張関係が乏しく、労働組合が舐められているからであろう。
また、2024春闘で示された「5%」という要求方針は、一部企業の先行発表と同程度かそれ以下の水準であり、労使の対立軸は見えづらくなってしまった。実際、春闘交渉の幕開けとなる「労使フォーラム」では、連合会長が「労使の認識の一致」を強調し、経団連側も「一緒に闘う」と訴えたため、マスコミは“労使共闘”春闘などと書き立てている。
前出のイオンに至っては、12月31日に経営側が七%賃上げを発表し、2月21日に労組側が七%賃上げでの妥結を発表している。もちろん、この間にどのような交渉がおこなわれてきたかは外からは分からない。だが、「労組の要求→労使の交渉・争議→労使の合意」という建前や形式が一切無視され、外から見れば経営側の専断で賃上げ額が決まっているように見える状況は好ましいものではない。以前から春闘の形骸化とは言われてきたが、春闘の建前・形式すら守られない状況は非常に危うい。このままでは、春闘の存在意義そのものに疑念を持たれかねないだろう(注4)。
2024非正規春闘での経団連前要請行動の様子(2024/2/8)
2024非正規春闘での経団連職員に詰め寄る様子(2024/2/8)
宮城非正規春闘実行委員会が実施した繫華街での街頭宣伝の様子(2024/1/30)
2024非正規春闘の方針と経過
こうした2024春闘の情勢を踏まえて、2024非正規春闘では、要求方針を次の3点にまとめた。(1)非正規雇用労働者の10%以上の賃上げ、(2)正規・非正規の均等待遇(同一価値労働同一賃金)、(3)全国一律最低賃金1500円の即時実現。
昨年は「一律10%」としていた要求水準を今年は「10%以上」と引き上げた。15%・20%といった水準の賃上げ要求をしたいという支部・分会があったためだ。また、正規・非正規の均等待遇を盛り込み、差別賃金を数%引き上げればそれで良いということではなく、差別賃金の撤廃を求めるのだという姿勢を鮮明にした。
今年2月8日には、経団連前で要請行動を実施するとともに、2024非正規春闘の本格始動を発表する記者会見を開いた。マスコミ各社で非正規春闘の始動は大きく報じられた。
2024非正規春闘では、関西など地方のコミュニティユニオンの参加が増えるとともに、非正規労働者を多く組織する生協労連が参加したことから、実行委員会の参加団体・人数は23労組・約3万人にまで増えた。交渉先企業も約120社、従業員総数で30万名程度にまで増え、非正規春闘の交渉結果が影響を与える企業・労働者の範囲は大きく拡大した。
2024非正規春闘の特徴は、「地域共闘」と「業種別共闘」への挑戦だ。宮城県ではみやぎ青年ユニオンと仙台けやきユニオンの2つの労組で宮城非正規春闘実行委員会を発足させた。既存分会や労働相談から3社へ春闘要求を提出し、地元経済界(仙台商工会議所、東北経済連合会)にも申入れをおこなった。繁華街での街頭宣伝活動や賃上げ相談ホットラインを開催し、県政記者クラブでの会見は地元紙・河北新報やローカルテレビで報道もされた。また、回転寿司ユニオンが組織するスシローの仙台の店舗前での宣伝行動には、地元の2労組が支援に駆け付けた。
関西では4つのコミュニティユニオンが協力して、関西非正規春闘実行委員会を発足させ、2月23日には関西非正規春闘のキックオフ集会が開かれた。さらに、3月1日には、同実行委員会のなかまユニオンがゼンショーグループの「なか卯」に対して15%の賃上げを求める要求書を提出するなど、関西でも非正規春闘の春闘交渉が実質的にスタートした。
また、ケア部門では「業種別共闘」の動きもある。私学の非正規教員の組合は「私学非正規春闘」を始め、私学3法人と賃上げ交渉をしている。3月半ばの時点ですでに2法人で賃上げ回答を得ており、うち広尾学園では平均8%の賃上げ回答を引き出した。介護労働者の労働組合も、「介護春闘」を始め、介護3法人に対して春闘要求を実施した。さらに、月7万円の賃上げが可能となる財政的措置を求めて厚生労働省に要請書も提出した(注5)。
関西非正規春闘のキックオフ集会の様子(2024/2/23)
スシローの仙台の店舗前での宣伝行動の様子
2024非正規春闘集中ストライキ行動
2024非正規春闘でも、3月上旬の時点で十分な賃上げ回答を得られた企業はほとんどなかった。また、3月1日~10日にかけて非正規春闘実行委員会が実施したオンライン調査(有効回答数:264件)では、8割以上の非正規労働者が「今年1月以降に賃金の引き上げはされておらず、その予定も伝えられていない」と回答した一方、「今年1月から現在までの間に賃金が引き上げられた」または「今後の賃金引き上げの予定を伝えられた」と回答したのは15%にとどまった。
そこで、実行委員会は、3月13日に非正規春闘集中ストライキ行動を企画した。当日は、学習塾の市進ホールディングス、総合スーパーのベイシア、回転寿司のあきんどスシロー、英会話教室のGabaの四社に対してストライキおよび社前行動を実施した。行動の後に記者会見も開いたところ、テレビ・新聞各社でストライキ行動が大々的に報じられた。
3月13日は、大企業労組の集中回答日でもあった。今年も「30年ぶりの高水準」「満額回答」といった景気の良い言葉が並んだ。だが、それが自然と中小零細で働く労働者や非正規労働者に波及することはない。非正規春闘にとっては、大企業労組の集中回答日が過ぎた3月半ば以降が春闘交渉の本当の山場となる。今年は3月末にかけて15社以上に対してストライキを実施して賃上げを強く迫る予定だ。
非正規春闘集中ストライキ行動でのGabaへの抗議行動の様子(2024/3/13)
非正規春闘集中ストライキ行動での市進への抗議行動の様子(2024/3/13)
今後の課題と展望
この間の非正規春闘の実践は、組合員が一人や少数であっても、企業全体の賃上げを勝ち取れることを示した。個人加盟ユニオンや合同労組には、非正規雇用で働く組合員が一定数在籍していることに加え、非正規労働者から日々相談も寄せられていることから、非正規春闘を始めることはそう難しくはないだろう。全国各地のユニオン・労組と協力して、全国どこからでも非正規労働者が非正規春闘に参加できる体制を構築していきたい。
また、まだまだ力不足ではあるものの、2025春闘以降は、非正規労働者の賃上げ相場をつくることを目指したい。その際、非正規公務員やケア労働者などがそのカギになるのではないかと思案している。
最後に、非正規労働者の賃上げのためには、やはり最低賃金の大幅引き上げが必要だということを強調しておきたい。だが、現行の最低賃金審議会にはその意思も力もない。だからこそ、非正規春闘を活性化させ大幅賃上げを勝ち取ることで、最低賃金の大幅引き上げの牽引力となることを目指したい。
1 厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」では「賃金の改定の決定に当たり重視した要素」という質問項目があるが、「世間相場」を最も重視していると回答する企業は1997年には18.9%であったが、2023年には6.7%まで低下している。
2 同実行委員会の呼びかけ団体は、東京ゼネラルユニオン(連合加盟)、首都圏青年ユニオン(全労連加盟)、全国一般東京東部労組(全労協加盟)、総合サポートユニオン(非加盟)の4労組。
3 非正規春闘は「一人からでもできる春闘」であるが、「一人だけでできる春闘」ではない点も強調している。組合員が一人あるいは少数でも交渉力を持ちうるのは、組合の要求や行動が、職場の同僚あるいは社会(消費者でもある)からの支持・共感を得られている場合に限られるからだ。
4 日本経済新聞「「満額超え春闘」 薄らぐ労働組合の存在感」2024年3月18日(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC150YO0V10C24A3000000/)
5 東京新聞「介護職労組が賃上げ要求 人手不足で「ケアに影響」」2024年2月21日(https://www.tokyo-np.co.jp/article/310679)
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