労働組合運動の新たな形――「非正規春闘」とは何か
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労働組合運動の新たな形――「非正規春闘」とは何か(前編)
目次
・はじめに
・非正規春闘とは――16労組300名が33社と交渉へ
・最近の春闘情勢について
・春闘の意義と課題――その歴史の概観を通じて
はじめに
2月15日、非正規雇用労働者の賃上げを求める「非正規春闘」の開始が宣言された。宣言したのは、各地の個人加盟労組(ユニオンという)から構成される「非正規春闘2023実行委員会」で、労使関係のある企業に対して概ね春闘要求の申入れが済んでこれから春闘交渉がまさに本格化するというタイミングでの記者会見となった。

春闘は、毎春に労働組合が一斉に賃上げを求める運動で、日本で最もポピュラーな労働運動の一つだ。だが、近年は、ほとんど賃上げを実現できず、衰退の一途をたどっていた。なにより、正社員中心の労働組合による春闘では、労働者の約4割を占めるまでになった非正規雇用労働者の賃上げを十分に焦点化できないという明確な欠点があった。
だが、この間の急激なインフレは、非正規雇用労働者の生活を著しく脅かしており、賃上げの実現は死活問題となっている[1]。なかでも必需品である光熱費や食料品の物価高騰が激しいため、非正規雇用労働者など低所得層の生活に深刻な影響を及ぼしている。インフレの下では、賃金額(名目賃金)が上がらなければ、実質賃金は日に日に低下し、生活水準をいっそう低下させてしまう。そうなれば、もとより貧困状態にある多くの非正規雇用労働者にとっては、命の問題にも繋がりかねない。それゆえ、今年の春闘は、何としてでも、非正規雇用労働者の賃上げを焦点化し実現しなければならないのだ。

非正規春闘とは――16労組300名が33社と交渉へ
こうした問題意識から、非正規雇用労働者を組織する16のユニオンが結集し、今年1月に非正規春闘2023実行委員会を発足した。活動範囲は全国各地に広がり、首都圏のほか、北海道・宮城・新潟・愛知・大阪などでのユニオンが参加している。また、連合・全労連・全労協所属のユニオンがナショナルセンターの枠を超えて、非正規雇用労働者の賃上げのために結集し共闘していることも特徴的だ。
非正規春闘2023実行委員会の春闘方針は、全使用者に対する非正規雇用労働者の一律10%賃上げ要求と国に対する最低賃金の再改定の即時実施要求である。
次に、活動状況についてみていくことにしよう。2月15日の時点で、16の労組が計33社に春闘交渉を申入れている。春闘交渉にかかわる組合員は300名程度、交渉先企業に在籍する総労働者数は12万名程度となっている。春闘交渉の成果は当該企業で同じ立場で働く労働者全員に波及するものであるため、非正規春闘の影響を受ける労働者の範囲は12万名程度とそれなりの規模になる。
非正規春闘の交渉先企業の約半数は大手企業で、他は中小零細企業である。業界ごとに具体名をあげると、飲食(かつや、あきんどスシロー、フジオフードシステム)、小売(ベイシア)、コールセンター(KDDIエボルバ)、語学学校(シェーン英会話、GABA、ベルリッツ)、学習塾(市進)などがある。また、中小零細では、自動車製造(愛知県の中小下請で3社)、IT(北海道の派遣会社)、私学(首都圏近郊で5校)、技能実習生(山梨の縫製)などがある。

交渉先の企業は、大手企業・中小零細とも、社内に労組がない企業が多い。一方で、かつやのように非正規雇用労働者も含めて組織する社内労組があるケース、KDDIエボルバのように親会社に社内労組があるケース、愛知県の自動車製造の中小下請企業のように元請(トヨタ)には社内労組があるケースもある。だが、いずれも、当該の非正規雇用労働者からみて、社内労組は非正規雇用労働者の待遇改善に関心がないか、取り組みが不十分であるという。
また、春闘は、「賃上げ相場」を形成することにより、直接の労使関係がある企業だけではなく、同業他社や他業種にまで賃上げを波及させることを目指す運動でもある。直接的な交渉先である33社・約12万人の労働者のみならず、飲食・小売・コールセンター・語学学習等の産業で働く非正規雇用労働者全体、さらには日本で働く非正規雇用労働者全体へと賃上げを波及させることを目的としている。
そのために、今回の非正規春闘では、労働相談から春闘交渉へとつなげる実践にも力を入れている。上で紹介した33社は、昨年以前に組織化した企業であるが、今後は、賃上げを求めたいという労働相談を受け、個人加盟あるいは職場の組織化に繋げて、春闘交渉を申し入れることで、非正規春闘の範囲や規模をさらに拡大していく方針だ。実際、会見の翌日の2月16日には、2月初頭に労働相談に訪れた靴小売大手・ABCマートで働くパート労働者と共に春闘申入れを行っている。

労働相談から春闘交渉へと聞くと、驚かれる方もいるかもしれない。しかし、冒頭で述べた通り、今は平時とは状況が異なるのだ。賃上げがされなければ、実質的には賃下げであり、生活水準はいっそう低下してしまう。首相や経団連会長でさえ、今年は、春闘を念頭に「賃上げは企業の社会的責任」という言葉を用いている。つまり、非正規雇用労働者の賃上げをしない企業は「社会的責任」を果たしていない問題のある企業ということになるのだ。だから、賃上げについての労働相談を契機として春闘申入れを行い、その事実を社会に公表し、企業の「社会的責任」を問うことで、賃上げを実現させることは十分可能だと考えられる。実際、2月19日に実施した「非正規雇用労働者のための賃上げ相談ホットライン」には賃上げに関する相談が10件寄せられた。そのうち数名が今後勤務先企業に対して春闘申入れを行う予定だ。
最近の春闘情勢について
少し脇道に逸れるが、直近の春闘情勢についても何点かコメントしておきたい[2]。まず、イオンのパートなど非正規社員40万人の平均7%賃上げというニュースについてだ。春闘交渉の開始前に会社側の単独発表という形だが、大きな反響を呼んだ。報道によれば、賃上げの理由について会社は、①物価高のなかでの従業員の生活の安定を図るため、②人手不足のなかでの人材を確保するため、と説明しているようだ。ここでは、特に②の理由について注目したい。ここから分かるのは、パート労働市場のひっ迫により、賃上げの誘因が働いているということだ。これを非正規春闘の「追い風」として活用することもできるはずだ。7%賃上げを「十分」とまでは言えないが、現時点の「相場」を大きく超えるラインであり、賃上げ相場を引き上げる効果があることは疑いない。非正規春闘としても、小売業界の同業他社に賃上げを要求する際の一つの基準点となることは間違いないだろう。
次に、このニュースが生んでいる「誤解」についても触れておきたい。それは、大企業を中心に非正規雇用労働者の賃上げが幅広く実現しているという「誤解」だ。誤解は少し言い過ぎかもしれない。「誤解」というよりはそういう「空気感」とでもいうべきものだ。イオンが40万人の非正規社員の7%賃上げのインパクトが非常に大きかったことや、オリエンタルランド、わかさ生活、ジャパネットたかた、などいくつかの企業で賃上げの動きが報道されたことから、そういう「空気感」が漂っているのだ。
だが、様々な業種・職種で働く非正規雇用労働者の組合員や、労働相談の相談者からいくら話を聞いても、この間にベースアップが行われたという企業は皆無に等しい。それどころか、このインフレをうけてのコスト削減のためか、パート労働者の賃金が下げられたという相談さえあるのだ。つまり、イオンをはじめとするいくつかの企業の賃上げは、現時点ではまったく広がっておらず、ごく一部の「良い企業」の特殊なケースにとどまっている。イオンの賃上げは報道されるだけで、自然と賃上げの波が広がっていくということはないのだ。
そうだとすれば、ユニオンによる非正規春闘の役割は、パート労働市場の人手不足を背景に、一部の企業の賃上げ実績を活用しながら、同一業界内や地域労働市場における賃上げの競争を促すことにあるといえるだろう。
非正規春闘は、①労働市場における使用者(求人企業)同士の健全な競争を促すこと、②賃上げという企業の「社会的責任」を果たすよう促す世論を喚起・形成すること、③ストライキを構えて強い決意で賃上げを求めることを通じて、非正規雇用労働者の賃上げを実現していく方針である。
最後に、中小企業の「価格転嫁」問題と賃上げの関係についてである。この間、中小企業がコスト上昇を価格に転嫁できないことが社会問題化している。国も価格転嫁に応じない大企業の名前を公表するなどして規制を強化している。これは大事なことだ。だが、中小企業がコストを価格転嫁できないことが、賃上げをしない理由(賃上げをできないもっともな理由)として語られることには大いなる違和感がある。先に述べたように、非正規春闘の交渉先の約半数は中小零細企業であり、この問題は非正規雇用労働者にとっても重大な問題だ。どこに違和感があるかといえば、実際に賃上げをしない限り、賃上げコストを価格転嫁することはできないからだ。賃上げをせずに、賃上げをする可能性があるからといって価格転嫁したいと取引先に交渉するつもりなのだろうか。価格転嫁が難しいことを理由に賃上げをしないという経営者の姿勢からは、賃上げをする真剣な意思がないことが窺われる。それゆえ、非正規春闘は、中小企業に対しても非正規雇用労働者の賃上げを要求すべきだし、実際にも要求している。賃上げを実際にした中小企業のコスト増については、当然に価格転嫁されるべきだし、大企業をはじめとする取引企業はそれに応じるべきだという考えだ。
春闘の意義と課題――その歴史の概観を通じて
次に、これまでの春闘の歴史を振り返りながら、春闘そのものの意義と課題(限界)について見ていくことにしたい。そして、そこから今回の「非正規春闘」が目指すものをより明確化していきたい。